松本志のぶアナの夫(旦那)の岩代太郎氏や子供や経歴について

スポンサーリンク

2015-10-05_141101

今回は、ニチエンプロダクションに所属する松本志のぶ(まつもとしのぶ)アナウンサーの情報をリサーチして行きます。

 

松本志のぶアナは、元日本テレビアナウンサーで『行列のできる法律相談所』などの人気番組に多数出演していました。

 

現在は、フリーアナウンサーとして活動。日本テレビ系『解決!ナイナイアンサー』などの番組に出演しています。

 

松本志のぶプロフィール
本名岩代志のぶ
愛称しーちゃん、しのちゃん
出身地静岡県浜松市
生年月日1969年6月29日(51歳)
身長160cm
血液型O型
最終学歴上智大学外国語学部英語学科卒業
所属事務所ニチエンプロダクション
活動期間日本テレビ(1992年4月~2009年3月)
フリー(2009年4月~)
ジャンルスポーツ・報道・情報
配偶者
推定年収?
推定カップCカップ
趣味

映画、観劇、旅行

好きな食べ物

チョコレート、紅茶、口の中で溶けるラムネ

嫌いな食べ物

しいたけ

資格

英語検定準1級、普通運転免許

信条・モットー

明日は明日の風が吹く

同期

大神いずみ(現・ケイダッシュ)

・野口敦史

・平川健太郎

出演番組(過去含む)

・日本テレビ『解決!ナイナイアンサー』毎週火曜(21:00~21:54)レギュラー

・BS日テレ『世界水紀行』ナレーション

松本志のぶアナウンサーの経歴。

 

松本志のぶアナウンサーの経歴は、静岡県浜松市西区出身、浜松市和地小学校、浜松市湖東中学校、私立女子高である浜松海の星高等学校を経て、上智大学外国語学部英語学科卒業後、1992年4月に日本テレビにアナウンサーとして入社しています。

 

家族構成は、両親と兄が1人の4人家族。幼少時代には、ピアノを習っており、性格は内気で大人しく、人と話すのが苦手だったといいます。

 

中学時代にはソフトボール部に所属。1年生からレギュラーとして活躍。高校2年生の頃には、1年間、イギリスのSt.Bernard’s Convent Schoolに留学していおり英語が堪能です。

 

 

大学時代には、演劇部(英語劇サークル)に所属。大学時代の同期には、西山喜久恵(フジテレビ)がおり、今でも交友があります。

 

日本テレビに入社後。

 

日本テレビに入社後は、『ジパングあさ6』、『THE・サンデー』、『独占!!SPORTS情報』、『ズームイン!!朝!』→『ズームイン!!SUPER』と様々な報道・情報・スポーツ番組に幅広く出演しています。

 

1994年には、ホノルルマラソンに初挑戦して見事完走。その様子は『ジパングあさ6』内で生中継されています。

 

 

2001年には、『24時間テレビ「愛は地球を救う」』の総合司会に抜擢されています。以降2004年までの間、4年連続で担当し日本テレビのエースとして活躍していました。

 

2002年からは、10年間レギュラーとして出演していた『行列のできる法律相談所』を担当します。

 

2003年には、作曲家で音楽プロデューサーである岩代太郎(いわしろたろう)氏と結婚しています。

 

フリーアナウンサーに転身。

 

2009年3月31日付(当時39歳)で17年間勤務した日本テレビを退職。日本テレビ関連会社の日テレイベンツ(各種イベントの企画製作、芸能事務所『ニチエンプロダクション』、アナウンススクール『日テレ学院』を運営している会社)に所属するフリーアナウンサーになります。

 

翌4月からは、TBS系『Goroプレゼンツ マイ・フェア・レディ』にて元SMAPの稲垣吾郎のアシスタント役に起用され、日本テレビ以外の他局の番組に初出演を果たしています。

 

2011年8月21日には、自身の公式ブログと当時レギュラー出演していた『行列のできる法律相談所』で、妊娠6ヶ月であることを報告。同年の11月20日で同番組を産休の為に降板しています。2011年12月26日に第一子となる長女を出産しています。初産は42歳での高齢出産で、切迫流産で1か月緊急入院するという過酷なものだったといいます。

 

2012年10月からは、日本テレビ系『解決!ナイナイアンサー』の進行役で仕事復帰しています。(2012年10月23日~2017年3月7日)

 

松本志のぶアナの結婚相手の夫(旦那)の岩代太郎氏について。

 

松本志のぶアナウンサーの夫である岩代太郎氏は、数々の映画、テレビドラマの作曲を手がけた日本を代表する作曲家の1人です。

 

岩代氏は、1965年5月1日生まれの55歳。経歴は、東京都出身、東京都立芸術高等学校を卒業後、1年間の浪人生活を経て、東京藝術大学(東京芸大)音楽学部作曲科に進学、同大学学科を首席で卒業、1991年に同大学院修士課程を首席で修了しています。

 

教育家である岩代吉親(熊本女子商業高校の校長を18年間務めるなど、数々の学校の校長を歴任)は、祖父にあたり、父親は、NHK『できるかな』などで作曲を手がけた岩代浩一氏。

 

2004には、映画『血と骨』の音楽をプロデュースし『日本アカデミー賞 優秀音楽賞』を受賞しています。翌年の2005年の『第29回日本アカデミー賞』では、『蝉しぐれ』『春の雪』にて、それぞれ優秀音楽賞を受賞しています。

 

2006年からは、東京都交響楽団の理事に就任。2008年には、北京オリンピックのシンクロナイズドスイミング日本代表の競技音楽を作曲したことで話題になりました。さらに同年には、ジョン・ウー監督作品『レッドクリフ』の音楽を担当しています。

 

2009年には、「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」の奉祝曲を委嘱され、同祭典において『奉祝曲 組曲「太陽の国」』を発表しています。

 

他のエピソードなど。

・2018年8月11日放送の日本テレビ系トークバラエティー番組『メレンゲの気持ち』に夫婦初共演。「我が家の重大ニュース」として「娘が「パパは忍者」と信じている」というエピソードを紹介。岩代氏は「信じてるじゃなくて、僕は本当に忍者なんですですよ」と豪語。子供の頃読んだ漫画『サスケ』の影響で「一時的に熱出すためには生のミミズを飲む」、「体重を押し殺して薄い氷の上をサッと走る」など描写を見て実際に修行してみたところ、ミミズを飲んだら「五臓六腑が痛くなり学校を早退」、氷の上を走ったら「バーンと落ちて膀胱炎になった」という。このような修業を重ねて「本当に忍者になった」という岩代氏は、「娘の幼稚園のお泊りの際には、幼稚園の屋根裏に忍び込んで娘がちゃんと寝ているか見ている」と明かすと、MCの久本雅美から「不審者、変質者」と突っ込まれていた。

・2人の馴れ初めは、松本アナが明石家さんまとシドニーオリンピックの現地中継の司会を務めていたとき。当時、岩代氏はさんまの主演ドラマの音楽を担当。番組でさんまが暴走する中、さんまの顔を潰さないように選手達の声を懸命に拾おうとする姿に「アナウンサーって本当に大変な仕事なんだなぁ」と感心し、すぐに知り合いの日本テレビの編成の人物に連絡を取り「今、シドニーにいる松本さんってアナウンサー、良い仕事してるよね。紹介して!」とアプローチをしたという。その「グイグイ」ぶりで皆を驚かせた。

・自宅の一階には広々とした防音設備のあるスタジオを完備。1曲作るのに3週間くらいはこのスタジオに篭っていると明かし、娘と一緒にピアノを引く姿が放送された。

 

・2013年5月には、目の病気(結膜下出血)があまりにも酷く化粧もできない状態だった為に急遽すっぴん姿を誤魔化すためまんまるのメガネをかけてテレビに出演した。

 

・フリーアナウンサーの八塩圭子(元・テレビ東京)とは、同い年齢、同業、夫同士も同年代、結婚時期や家を持った時期、出産時期も近く、共通点が多くとても仲が良い。

 

松本志のぶアナウンサーまとめ。

・元日本テレビアナウンサー。

・24時間テレビの総合司会を4年連続で務めた。

・2003年に作曲家の岩代太郎氏と結婚、2011年12月に長女を出産。

 

今後も松本志のぶアナウンサーの活躍に注目です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

公式ブログ

松本志のぶオフィシャルブログ「Heart Warming・・・」

関連記事

女性フリーアナウンサー、キャスター名鑑【一覧】

【日本テレビ】女性アナウンサー名鑑【一覧】