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川田裕美が結婚や過去の彼氏を語る!父親や私服も紹介!

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2017年12月10日、元読売テレビアナウンサーで現在フリーで活躍している川田裕美アナウンサーが、日本テレビ系で放送されているトークバラエティ番組『誰だって波瀾爆笑』にゲスト出演。

 

自身の子供の頃や学生時代などこれまでの半生を振り返った。さらに番組では彼女に密着取材。9年勤務した古巣・読売テレビの社内の様子や彼女の父親も出演。現在住んでいる東京の自宅を公開したりなどと、ファンにとっては盛り沢山の内容となった。

 

川田裕美アナウンサーが『誰だって波瀾爆笑』にゲスト出演。

司会の堀尾正明(元NHK)から「元読売テレビのアナウンサーとして、今や東京のバラエティで大活躍しているこの方をお招きしました。どうぞ、川田裕美さんです。」と紹介され登場。レギュラーの溝端淳平から「東京にはもう慣れました?」と、質問されると「まだなれないんですよね。もうずっと大阪から出たことはなくて、30超えるまで、こうやってゲストとして呼んでいただくのも今まではなくて」と挨拶。

川田裕美アナと言えば、入社6年目で『情報ライブミヤネ屋』に抜擢され、一躍全国区になった元読売テレビの局アナ。女性アナウンサーといえば、男性が付き合いたい職業ランキングでは、モデルやキャビンアテンダントを押しのけ堂々の第1位。有名私立大学のミスコン出身者も多く、結婚相手はスポーツ選手やセレブ社長。退社後も優雅な生活を送っているイメージがある。しかし、川田アナの場合は上京してから2年半、34歳独身でむしゃらに働きまくっている。

 

東京の女子アナと大阪の女子アナの違いについて語る

東京と大阪の女子アナの違いについて聞かれると、「いや、全然違いましたね。タレントさんに近い感じがするというか、「東京の局アナさん」という感じ。どうしても我々(地方局アナ)の場合は、スタッフさんと一緒という感覚が強いので」と、東京の局アナはタレント寄りだと感じていると明かした。溝端淳平から「遠回しに東京のアナウンサーの悪口を言ってるんですか?」と聞かれると「違います、違います」と笑って否定した。

続けて地方の女子アナはカメラテーブルも巻くと明かし、上司からは「自分の事をスタッフだと思いなさい」と、教育されていたと話した。同じ職種でも待遇は歴然の差があると明かし、「ロケ車とかにいても準備が出来るまで座って待っていられたり、(私の場合は)一緒に準備をしていましたし」と説明した。

 

川田裕美アナウンサーが自身の半生を振り返る。

川田アナの人生を「誰だって波乱履歴書ショー」で振り返る。コーナー担当のアルゴピース・平子は「女性アナと言えば社長令嬢とかスポーツ選手と合コン三昧とかのイメージが有ると思うんですけど、川田さんは全く違います。アナウンサーなのに超泥臭い人生をここまで歩んでのし上がってきた女性アナ界のノンキャリア組の代表」と紹介した。

まずは、珍しい苗字の「川田(かわた)」について「よく間違えられるのでは?」と聞かれると、「関西の方に多いみたいです。もう別に間違ってもいいです。「川田裕美(かわだゆみ)」でもいいんかな」と思っていると説明した。

 

川田裕美アナウンサーに結婚の予定は?好きな男性のタイプについて

横尾からの「結婚のご予定はあるんですか?」という質問には「もう考えないようにしてます。最初は思っていました。27までとか、30までとか、33までとか。全部過ぎましたので」と、現在結婚については考えていないと明かした。岡田祐実は「でも川田さんの好きなタイプが凄くて「トラックドライバーをごっつく回す人(トラックドライバーで大きくハンドルを回すような人)」と暴露。川田アナは「男っぽい人が好き」で、そう言うくらいの心意気のある人がいいと話した。

 

川田裕美アナウンサーの現在の悩みは「リズム感」がないこと。

続いて川田アナは「リズム感」がないことで、仕事に影響が出てきてしまって困っていると打ち明けた。「結構私、好きなんです。身体を動かすことは。だから自分では(リズム感)ないと思ってなかったんですけど、フリーになって初めて自分で気づいたというか。リスムに乗れなかったり」と、最近まで気づかなかったと話した。

 

続けて、「みんなでダンスをやってみましょうってなった時に、私は進行側なんですけど、私が一番できなくて、ゲストの皆さんよりも目立ってしまう」と話し、司会の立場なのに皆より目立つことに引け目を感じていると明かした。

 

川田アナの出身地は大阪府泉大津市。

川田アナの出身地である大阪府泉大津市については「だんじり祭が有名な岸和田市が隣で、同じように私の地元もだんじりがあるような、ちょっと血気盛んで、まあ、ガラの悪い地域です」と紹介。隣の和歌山県出身の溝端淳平は「親には行っていけない街だと言われていた、女性も凄い強いイメージ」と話した。

 

川田裕美アナウンサーの幼少時代からの写真。両親、祖父母、妹など家族の写真を公開。

1984年当時1歳の時の写真を公開。平子から「やっぱ、小さい頃からウンコ座り」と言われた。地元は「泉州弁」という方言があり、語尾に「~け」と付く。それが普通だと思っていたのでアナウンサーになる時には、一回普通の大阪弁に直して、そこから標準語に2段階で直したという。

七五三の七歳の時の写真を公開。父親の職業は保険会社のサラリーマン。母親は専業主婦。クラスの中でも前に出てみんなを笑わせたりするような感じの結構活発な子供だったと振り返った。

続いては当時2歳、祖父母と一緒に写っている写真を公開。祖父は厳格な人物で元警察官。祖父母には厳しくしつけられた。

続いては当時5歳の時の5歳年下の妹との写真を公開。川田アナは妹を溺愛しているといい、妹も現在29歳独身。「もう先を越されるなと思ってるんですけど、それでもいいと思ってる」「旦那さんチェックはしっかりする」と話した。

 

食べる時は絶対正座。厳しい家庭で育った

両親には厳しく育てられたといい、たこ焼きパーティー時の掟は「必ず正座」。食べる時は絶対正座というのがあって、家にはダイニングテーブルはなくて床に座ってちゃぶ台みたいな感じだったという。「友達を呼んでのたこ焼きパーティーも私だけ正座でした」と話した。また、夕飯は夕方5時でその前に正座して待っていなければならない、端の持ち方、脱いだ靴はきちんと揃える、などの掟があった。

 

アナウンサーになった今でも続けるちょっと変わった掟がある。新品の靴を下ろす時に靴の裏に「ペッペッ」と、ツバを結構な量を吐いてからおろす。理由については「どうして良いのか理由はわからないんですけど、縁起が良いとか、よむに靴を下ろすのは縁起が良くない。未だにやっています。結婚したら旦那さんにもやってもらう」と話した。

続いては、5歳時のむすっとふくれた顔の写真を公開。この写真は運動会の時の写真。当時、母親は妹を妊娠していた為、参加できずに父親が参加したという。「父親も運動神経が悪くコケたりしてかっこ悪く、さらに母親も来れずふてくされていた」と説明した。

続いては、6歳時のお祭りの時の写真を公開。「私も妹もそうなんですけど物心付いた時から「祭りに着るハッピ」を着ているので、気づいたらだんじりを引いてるっていう感じで、未だに鐘の音や笛の音を聞くと、もう血がわき踊るというか」と話し、祭りの時の男性は普段ボーっとしててもみんな格好良く見えると話した。

 

地元の普通の公立小学校に入学。驚きの家族旅行。

 

7歳時、「女性アナウンサーなのに」私立ではなく地元の普通の公立小学校に入学。「うちには眼中になかったですね。お金にも結構シビアな家だったので、同じような教育をしてもらえるならお金の掛からない公立。家の近くにあるんだからそこにいくのは何が悪いんだみたいな、それしか選択肢はなかったですね」と説明した。

お金にはかなりシビアだった川田家の毎年の家族旅行は、なんと、自宅から「たった3駅先にある旅館」だった。川田アナは「高校生ぐらいになって、ものすごく近かったんだなってやっとわかったんですけど、家には車がなくて、電車でしか移動手段がないので家から普通に歩いて駅まで行って、最寄り駅から止まる3駅先の本当に近いところの旅館だった」と説明した。また、その旅館は、特にプールや面白いゲームセンターなどもなく、ごく普通の旅館だったと話した。

続いては8歳時、縁起が良いとされている奈良県「東大寺の柱くぐり」をしている写真を公開。この時に初めて大阪から外の県に出た。当時のことを「だいぶ頑張って奈良まで連れて行ってくれたんでしょうね。鹿に餌をやったりして凄い楽しかった」と振り返った。

 

中学生の頃の成績は学年トップだった。

 

この当時は、アナウンサーになりたいとは思っていなくて「ケーキ屋さん」になりたいと思っていた。しかし、堅実すぎる親からは「お金になる仕事に就きなさい」と言われ、具体的に「薬剤師になれ」と、ずっと言われ続けていたという。まだ幼い川田アナにはイマイチ理由がわからなくて、中学の卒業文集にもそのまま「薬剤師になりたい」と書いていたという。

続いては、13歳時の林間学校の時の写真を公開。当時は勉強しかやっていなくて部活にも入っていなかった。帰宅部で塾通いの日々を送っており、成績は学年7クラスでトップだったという。

 

15歳の人生初彼氏は「動かないゴールキーパー」だった。

学年一のガリ勉美人の川田アナの人生初彼氏は15歳の時。彼はサッカー部のゴールキーパーで、応援しに行くのだがキーパーの為、そんなに動きはなく「動かないゴールキーパー」と称した。彼について「優しい感じの人柄を好きになった」と振り返った。卒業間近で両思いだということに気づいて付き合う?ことに。

しかし、超奥手の「動かない」彼とは、一回一緒に下校しただけで手も繋がなかった。それが雄一の彼とのデートだったという。

 

高校生時代には勉強についていけず卑屈になったことも

高校は大阪でも指折りの進学校、区立三国丘高校に進学。17歳時の写真を公開。中学時代のガリ勉女子からイメチェン。オシャレに気を使い始めチョット髪を染めたり眉毛を細くしていた。しかし、進学校の勉強レベルについて行く事ができずに成績は一気に急降下。一番下まで落ちてしまう。成績の悪い生徒は、放課後に居残り勉強をするのだというが「いつもそこにいた」と話した。その為、高校に行くのが辛くなり「もう高校には行きたくない」などと言って親を困らせていた時期もあったという。

 

また、進学校では恋愛も成績が関係したようで、周りには「バカ扱い」されており、男子にもあまり喋ってもらえなかったと明かした。

さらに文化祭では辛い思い出がある。クラスでシンデレラの劇をやることになり、主役のシンデレラに推薦された。しかし、実情は勉強時間を大切にする多数の生徒達から「成績の悪い川田にやらせとけ」みたいな感じで押し付けられたという。こんな経験もあり当時は卑屈になっていたという。

 

大学生時代のエピソード

大学受験の際には、母親から「お金が勿体無いから私立に行くな」と言われた。当時の成績では、国公立の大学に進学するのは、かなり難しかった為、必死で勉強した。「浪人する事もお金がかかるので許されなかった」と振り返った。

猛勉強の結果、見事国立の和歌山大学に進学。大学時代の4年間は、地鶏焼き居酒屋でアルバイトをしていた。ここで転機が訪れる。居酒屋勤務で声をだす機会も多く、周りから「いい声してるね」などと褒められ、店長に冗談で「アナウンサーに向いてるんじゃない?」とか言われた事でその気になり、アナウンサー試験を受けてみようと思ったという。

 

大学の卒業旅行は奮発してイタリアとギリシャに行った。英語は全然喋れなくて苦手だという。

 

川田アナのアナウンサー試験のエピソード!起死回生の自虐ネタ!

アナウンサー試験の際には、東京の局アナ試験には、片道3500円位の夜行バスで行き、マンガ喫茶で化粧して試験に臨んだ。マンガ喫茶で化粧をすると暗くて上手く出来なくて、明るいところで見たらビックリすることもあったという。東京の局では、テレビ東京、フジテレビ、テレビ朝日の3社受けたが、いずれも2次面接ぐらいまで進んだが不採用だった。

さらに関西のテレビ局も全局受験したが全敗。最後の最後が読売テレビだった。崖っぷちに追い込まれた川田アナだったが、起死回生の自虐ネタで見事試験に合格した。

 

大学時代、彼氏ではないが好きだった男性に金を騙し取られた

 

当時の面接試験の場では、「金という一文字を使ってフリートークをして下さい」という内容のものがあり、皆は普通に「金メダル」とかの話をした。しかし、川田アナは、当時好きだった男性に「金を騙し取られた」話を披露したという。

付き合うまでも至らず勝手に好きだったその男性は、大学の近くの洋服屋の店員。その彼が着ている服が、格好良くて、その彼が着ている服を私も着たいなと思っていた。ある日、彼から「この口座に30万円振り込んだら俺と同じ洋服が着られるよ」みたいに言われ振り込んだ。しかし、後に彼はタダで手に入れたものを売りつけていた事が判明。面接でこの話をしていたら「話しているうちにどんどん腹が立ってきて、最後、時間もないんで最後に”バカヤロー!”と絶叫した」という。そのインパクトの強さが採用に至った理由だったと話した。

 

ちなみにその彼には、他にも「カニをいっぱい手に入れたから買わない?」と言われた事がある。おかしいなと思い友達に相談したところ、どうやらその彼は密漁もしていたらしい。

 

川田裕美アナウンサーは元「ミスえびすばし」

続いては川田アナの20歳時、唯一女子アナらしいミスコン時代「ミスえびすばし」の写真を公開。大阪の道頓堀にある「ひっかけ橋」に並ぶ商店街を「えびすばし商店街」といい、そのミスコンは今でもあると説明。決して関西の女子アナの登竜門的なミスコンではないと話した。参加した理由は、商店街のおっちゃんから勧められたのと、当時、一人暮らしでお金にも困っており、20万円分の商品券に目がくらんで参加したと明かした。

 

川田裕美アナの私服チェック。

続いては大阪の仕事現場での川田アナに密着。古巣・読売テレビを川田アナが案内した。ロビーや社員食堂の案内をし、その日の撮影現場の様子も紹介された。一緒にいた同期の虎谷アナウンサーとの新人時代のエピソードなどを紹介した。

 

番組では川田アナの私服もチェック。  

私服は、東京の店はまだわからないので大阪に来た時に購入しているという。行きつけは割安で購入できるアウトレットだといい、「やっぱりお得に買えると嬉しい。お金にシビアな家庭に育ちましたので出来るだけ安くて良いものを買いたいなって思ってます」と話した。

 仕事ではデザインよりもパンツスタイルの動きやすさ重視のスタイル。

黒色が多いのもテレビの衣装が、明るい派手なものが多い為、プライベートでは黒やグレーなどの地味な色を選びがちになると説明した。

 

川田アナの父親が登場!

その後、仕事を終え向かったのは京橋。大好きな焼き鳥屋で63歳になる父・芳弘さんと待ち合わせ。大阪に来た際には、よく2人で飲みに行く機会も多いという。川田アナは「私が誘ったら絶対断らないですもん。一回も断られたことがない」と話した。

川田アナは、芳弘さんに「リズム感なかったり運動神経悪かったりで笑われてるのは恥ずかしくない?」と尋ねると、芳弘さんは「全然大丈夫やで、たまに「わざとやってんやろ?」って言われるけど「そんなことないよ」自然体でやってるで」と、説明していると明かすと、川田アナは「ホンマに運動できひんかったかもんな昔から」と振り返った。

 

一人暮らしの自宅を公開!冷蔵庫には大好きなあんこコーナー。

続いては上京してから2年半。一人暮らしの自宅を拝見。自らカメラで撮影したVTRを紹介。川田アナは通販をめちゃくちゃ活用しており、洗剤やトイレットペーパーなどの日用品をよく注文する。

特にお肌のケアをするシートマスクは、3日に一回は使っているので色んな種類のものを注文するという。

ゆらゆら動くイスなど夜のテレビショッピングを見て買ったりもしてしまう。

続いては冷蔵庫の中身を公開。チーズが好きで色々な種類のものが入っている。そして、上の2段には「大好きなあんこコーナー」があり、様々なあんこがビッシリ。「同じこしあんとか、つぶあんでもぜんぜん違うんですよ。硬さとかも違いますし水分量とか豆の潰れ方も」と解説。川田アナは無類のあんこ好きで20種類のあんこをストックしているという。

また、仕事だと弁当ばかりの為、栄養が偏ってしまうという理由で、川田アナは野菜の入った手作り弁当を持参しているという。

ピクルスのマリネや野菜スープなどを作り、料理のコツなどを紹介。さらに夜、衝動的に食べたくなるという野菜たっぷり手作り餃子を作った。

出来上がった餃子を一口味見すると「うん、おいしい」と満足げな表情。「こりゃちょっとひとり晩酌だな」と語りVTRを締めた。

 

 

 

 

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